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過去の災害から生まれたものDMAT【誕生の経緯】

日本では昔から大規模な災害が多く発生しています。

 

台風や地震などの自然災害、ある宗教団体によるサリンによるテロ災害、日航機墜落による大規模な事故災害など。昭和生まれの看護師さんなら耳にしたことがあるかもしれませんが静岡駅の地下街のガス爆発事故などがあります。

 

そんな災害の中から産声をあげたのはDMAT(災害時派遣医療支援チーム)なのです。災害が一度起きれば犠牲者はたくさん発生をしてしまいます。消防や警察または自衛隊の救助隊が救助活動を行います。

 

しかし救助はされたのはいいが医療機関までの搬送に時間がかかる、今すぐにでも医療の介入が必要だという時に現場ではなすすべがほとんどありません。また阪神淡路大震災の時に救助されたけどもう少し早く医療の手が介入されれば助けられた命がたくさんあったという教訓から生まれたのがDMATでした。

 

その時も多くの問題が浮き彫りにされてきました。

 

がれきや家屋の下敷きになり救出後に発生するクラッシュ症候群などは第二次世界大戦のヨーロッパには発生例がありました。それから日本では認知度はわずかにこのクラッシュ症候群はありましたがこの震災を経て多く知られるようになりました。

 

そして我々医療者も救助隊の救助活動と並行してがれきの下やがれきの中で行う医療を実践する必要が出てきました。それが我々DMATなのです。

 

日本初のDMAT

私は広域災害に対応する日本DMATですが最初のDMATは2004年8月に発足した東京DMATが最初でした。

 

この東京DMATは大規模な災害だけではなく自動車事故、労働災害、都市型災害などの局所的な災害に派遣されるのが目的で誕生しました。この時はDMAT指定病院に勤務する医師一人と看護師が二人という構成でした。

 

活動地域は東京都内が中心ですが新潟県の中越地震では多くのDMATが活躍したのはよく覚えています。私が所属する日本DMATですが2005年4月に研修事業をスタートさせました。現在も日本DMATのチームや隊員の増強を行っています。

 

災害現場だけではなく活躍の場は沢山あるDMAT

ここまでDMATの事をご紹介すると災害がなければ何もすることがないのではないか?と思われているかもしれません。私たちは常にDMATとしての質を維持するためにまた高めるために常に研鑽しています。5年間の有効期限がDMATにはあります。

 

期限を更新するためにはこの5年間の間に技能維持訓練に2回以上参加しなくてはなりません。そしてDMATの啓蒙活動があります。地域の方々にDMATの存在を知っていただくために地域の行事などに参加したり私たちの病院では地域の方々の希望がありました。

 

市民向けの災害教室を開催していて講師はやはり私たちDMATが地域の皆さんに災害の知識、トリアージの方法や実践をみんなで楽しく年に数回開催しています。病院独自に行う大規模災害の訓練でも市民の皆さんと一緒にトリアージの訓練をしたりしますが気迫が迫るまさに実戦そのもので行われます。

 

とても頼もしい限りです。大きな行事にも参加します。

 

例えば東京マラソンなどの大規模な集客行事にはテロはもちろんの事ですが、怪我や病人の発生に備えて消防や警察などと連携をとりながら安全に行事が運営されるように協力しています。2020年に行われる東京オリンピックにはDMATも参加すると思います。

 

マラソン大会での救護活動

私の経験は2回ほど千葉県のアクアラインマラソンに救護員として参加しました。勤務先の地元でもマラソン大会が開催されそこでも救護員として参加しました。ランナーが転倒してしまい額を縫うほどの怪我をしてしまったので止血処置をして救急車で病院に搬送しました。

 

救護スタッフの中に高齢の方がいて急に意識が悪くなった方がいました。その方は糖尿病が持病でありすぐに簡易血糖測定器で血糖値を測定したら低血糖でした。

 

すぐに点滴ラインをとって濃度の濃い糖液を静脈内に投与したところ意識が数分で元に戻りました。念のため救急車でこの方も病院に搬送しました。まだあります。

 

私たちの救護所のエリアでマラソンを見物していた方で胸が苦しくなったという通報が寄せられました。簡易ストレッチャーで迎えに行った時には顔面蒼白で冷や汗が流れていました。持病は特にないという方でした。

 

そのままそのストレッチャーに乗せて医師と共に応急処置が始まりました。バイタル測定、万一のことを考えて除細動器のパッドを貼り付け点滴ラインをとりました。心電図モニターがないので分からなかったのですが多分痛みの具合と症状からすると狭心症か心筋梗塞に間違いがないという医師の診断でした。

 

高流量の酸素を投与しながら救急車を呼び病院に搬送しました。他のエリアでは心肺停止の方が発生してやはり救命センターに搬送したとのことでした。

 

このように日常的な場面でもDMATの活躍の場はあります。何もこのような事態を望んでいるわけではありません。常に何か緊急事態が起きた時に命を守る存在なのです。皆さんもいつかそんな存在となってはみませんか。

 

次は⇒災害からDMATの活動を紹介

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